携帯電話復活のお知らせ

どうもこんばんわ。16進数で年を数えてまだ10代だと主張したら敗北感ばかりが募っているちょむです。
先日のエントリで携帯電話が水の呪いにより死亡した旨ご報告させて頂きましたが、その子が突然再生を遂げましたのでこちらにて再度ご報告させて頂きたい所存です。



もともとは水没によりかなり多くの機能が使用不能になっていたのですが、日を追うごとに徐々にできることが少しずつ回復してきまして、なんとか現代人としてはスレスレのところを行き来していたのです。
ただ、画面のバックライトだけはいくら待ってもつくことはなく、明るい場所でもかなり目を凝らさないと見えない状態が続いていました。



んで、先週金曜。iOSのアップデートがありまして。
要はiPhoneのOSのバージョンが新しくなったので、就寝前にPCに接続して朝起きたらOSが新しくなってるという流れにのっかっていたわけなんですけど。
朝起きてあらびっくり。バックライトがついてしまったのです。



いまだにキツネにつままれたような気分ですが、現段階では「OSをアップデートすると故障が直る」という、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な状況説明になってしまいそう。
いわばiOSは「仙豆」なわけですね。もしくはデンデ。



↑あ・・・あいつは少なくとも相当な重傷だったはずだ。何故だ!?



実際には、一晩という長時間PCにつないで安定した通電を行っていたのが勝因なのかなあ、とは思いますが、あまりに劇的な復活劇だったためまさしく最初は目を疑いました。



とはいってもさすがに完全復活とまではいかず、カメラが起動しないという大病は未だにわずらっております。
街中でバウな看板やナイスなおじさんの酔いつぶれ姿にでくわしてもリアルにご報告はできない。
これはちょっと残念なところではあります。



一応前回のご報告どおりiPhone4は予約済みではあるんですが、もすこし様子みて現状の復活っ子ちゃんで特に支障がなければ、そのままの子でいたいと思います。
なのでどのみち電話は通常通り使えるようになりました。みなさまお騒がせいたしました。


はやしけん たろう


携帯電話死亡のお知らせ

どうもこんばんわ。もう夏休みが終わってしまってテンションが下がる一方のちょむです。
テンションが余計に下がっている一因として、掲題のような事態がこの週末に襲ってきたのですね。




iPhone様が死亡いたしました(享年2)。




この週末は例年のごとくFuji Rock Fesに行っていたのですが、Fes開始前日にテントを設営中、雨にやられて気がついたらご臨終です。
とりあえず、
・バックライトはつきません。(正直外では画面がまったく読めません)
・認証系のプロセスが死亡。(メールの類、ツイッターの類がログインできず情報がとれません)
・充電が超鈍足。(モバイルブースターで限界までがんばっても2分くらいしかもたない)
・時計が死亡(気がついたら2000年1月1日午前0時のミレニアム気分)
ぱっとあげてこんな状態です。
まあ、一言でいうと使い物にならないわけですね。





↑きれいな顔してるだろ?死んでるんだぜ、これ。もう・・・・・動かないんだぜ。




このタイミングで元の3Gを買い直すのもばからしいので、苗場から下山してすぐにヨドバシのソフトバンクショップに行った訳ですが、当然のように4の入荷は数週間〜1ヶ月まち。
せっかく白をまってスルーしていた黒を買うはめになるという逆噴射状態。




ということで、4の入荷までしばらく携帯電話がない状態が続きます*1
まあ僕はそもそもあんまり電話しない人間なので電話ないと死んじゃうわけではないのですが、メールもツイッターも平日のマトモな時間は一切みられない状態が続きます(職場が閉鎖的な環境なので。。。)。一応、緊急な連絡は会社の携帯電話があるのでわかる方はそちらにお願いしたいのですが、ひょっとしたらご迷惑をおかけする方もいらっしゃるかもしれません。
悪しからずご了承ください。




はやしけ んたろう




追伸:野外でこの夏遊ぶ方、携帯電話用のZipロックを忘れずに!

*1:まあ当然っちゃ当然かもしれないけど、iPhoneの場合はワケありな事態であっても代替機の貸与なんかはないとのことでした

漆黒と星空、あと朝便バスにちょいちょいビール。



今年も、夏なシーズンになってた。
というわけで外踊りの一発目は、去年に続いてこれでした。

TAICOCLUB'10@こだまの森


やっぱりここは非常にいいロケーションですな。
天気も梅雨入り直前で安定しているし、抜けるような青空と溜め息が出そうな星空でした(その分夜は死ぬほど寒かったけど)。
細かいアクト以前に今回特に強調したいのは、「日曜朝帰りのバスツアーはラクだ!!」という点。
こういう場所にふだんは車でのんびり行くことが多いんだけど、ここ最近の高速千円祭りの影響で日曜の帰路大渋滞祭りにとにかくウンザリしてしまいまして。
バスなら朝っぱらから運転を全く気にする事なく酒飲めるし、寝てりゃトイレが近くなるタイミングで自動的にSAについてたりするし。
去年のタイコも実はバスで行ったのだけど、午後のんびり帰ってくる流れでアホほどの渋滞に巻き込まれて、東京に帰ってくる頃はすでにサザエさんどころかガキ使の時間帯。
これは嫌だなあと思ってたところ、今年から朝便(なんか嫌な表現だな)が登場。
今年はこれで帰ってきたんだけど、、、


なんと、東京に着いた時間はサザエさんどころかアッコにおまかせ!のオープニング!すばらしすぐる!
帰りたいって点だけ強調すると「じゃあそんなもん行くなや」と言われてしまいそうですが、土曜オールナイトのイベントで日曜の存在をほとんど感じる事なく終わった経験って、すごく苦々しくないですか?
会場出発の時間も朝7時という音もぜんぜん鳴り終わってない時間で、それまでにテントも撤収してとか考えると朝方のアクト*1を諦めなきゃいけないという欠点はあるにせよ、非常に清々しい気分で週末を過ごせました。



そんなわけで帰りの清々しさだけで満足しちゃってる感がありますが。
今年のラインナップも超強烈。で、まあ主要なモノでみたやつの感想というと、


オウテカ

今年の目玉、というか今年のラインナップのうち一番の大物である事は間違いなく。
んで当然知ってる人は知ってると思いますけど、常に「難解」なんて言葉がついてまわる存在。
どう考えてもリスナーにフレンドリーな音ではないし、ライヴ自体も完全な漆黒の中で行う事はもはや定番。
たぶん日本のフェス(というか野外イベント)には初登場だと思うので、吉と出るか凶と出るか非常に興味深かったんですが。



演出は、吉。豪快に吉。
上に書いたように、ライヴは完全な漆黒で執り行われるので、ライヴの時間は当然真夜中、しかもまわりの屋台*2や導線の光などもすべて消灯。目に入る光は、頭上の空に輝く星だけでした。
こーーれーーがもう、抜群の破壊力。余計な情報なんか一切頭に入ってこない*3ので、向き合えるのはひたすらグシャグシャなキック音と絶妙なバランスのリズムだけ。


音:??
んでその音、なんですが、最近リリースした新作は言わばちょっとオウテカらしくない、ビートを抑えたリスニング向きな作品になってたのでその路線かなあとか思ってたんですけど、全然真逆。びーとびーとびーと。きっくきっくきっく。オウテカ王道というかんじ。
またそのビート&キックも、どうもシーケンサーで決まったパターンを垂れ流している感じではなく、その場でどんどん組み替えて変則的にくらわしているご様子。


正直に書けば、なかなか厳しかったんじゃないかあ、とは思います。音の面では。
真夜中の野外であの変則リズム。体が踊りだすかというとそれは無理な話で基本ほとんどが棒立ち状態、少しずつ体温が奪われていきます。


あと、どっぷり浸かるには少し音量が足りなかったかな?という気もします。
もともと即効性がある音ではないので、どっぷり浸りながらじっくりと解釈していくような内容になってるんだけど、その為に必要な音圧はちょっと足りなかった気が。
余計な飾りがなく音にとにかく集中できるので、家でCDを聴いているとき以上に「オウテカの音楽」に浸れたのはたしかなんですけど、「集中しよう」という気概なんかもたずとも連れてってほしかった。


まあそんなわけで残念な要素もあったりしたんですが、やっぱり最高という他ない演出面で最終的な満足度はかなりのもんでした。


↑午前3時半過ぎの終演近く。頭上の星が消えていって空が少しずつ白んでいくなかで、音は鳴り止みました(これ写真じゃわからんけどステージではバリバリオウテカ演奏ちう)。

トクマルシューゴ

去年ニューズウィークに「世界が尊敬する日本人」として登場したあたりからの快進撃で、もはや時代の寵児と化してきているトクマルさん。
クインテット編成で、とにかくたくさんのやわらかな音を産む楽器を操って、最高のライヴをみせてくれました。
音にあわせて体を揺らすのがホントに気持ちがよい。こういうアクトをいいロケーションで楽しめるっていうのは幸せなことです。
どちらかと言えばダンス系のアクトが中心になってるイベントにこういう人が呼ばれるのって、話だけ聞くとすごい雑多な印象を受けるしイベント自体の持ち味に影響すんじゃない?とか思われたりしますけど。
なにも体を預けて気持ちよくなれるのはフワフワなエレクトロニカやこもったアンビエント音だけじゃないわい、っていう主催者側の意気込みも、(前向きにとらえれば)感じられます。
まあ、今後こういう路線があまり続くと同じようなラインナップのイベントが乱立することにもつながっちゃうので、その辺はよく考えないといけないんじゃないかなーとはやっぱり思ってしまいますけど。

あとなんかドラムのお兄さんがポリシックスの人みたいな動きだった、気がします。

マシュー・ハーバート(matthew herbert's one club)

別に残念というわけでもなくライヴ自体は楽しめたんですけど、なんか途中でだれたなーというのが正直な感想なので。
単発DJだったりビックバンド形式だったり、いろんなスタイルでハーバートさんのライヴアクトをこれまで観てきましたけど、一番つかみどころがなかったのが今回の「Matthew Herbert’s One Club」でのアクト。
一人だけで延々機材をいじりつつ妙な音を加えて遊んだり、恒例の即興録音で遊ぶコーナーもあり。
パフォーマンスとしては非常に面白かったんだけど、音が途中で冗長にかんじてしまった感。


あと上に挙げてないものだとTokyo No.1 SoulsetやらDoshやらマイスパレード*4で堅実に楽しみました。
んではっとしたんですけど、今回「知らない新しい音楽との出会い」は皆無と言ってもよい状態。
うーん。これはどうなんだろう。。
一晩だけ&ステージ少なくて選択肢少ない&普段お目にかかることが少ないかなりの大物が出演、となると堅実な選択肢を選んでしまう傾向がある気がしました、自分には。
これはよくない。よくないよ。

*1:しかも今年は昔から大好きで未見だったケトルさんだったんですが、初めて見たこのアー写でドン引きして0.2秒で清々しく断念

*2:途中ビール買いにいったら「演出で消せっていわれたけどすごくやりにくいっすよー」って店員がぼやいてました

*3:まあ頭の悪い客がライトでステージを照らして邪魔したりしてた時もありましたけど。ちなみにその客を黙らせるために、スタッフは逆にステージ脇からその客を電灯で照らし返して攻撃してました笑

*4:途中から観たのがいけなかったのか演奏がたまに心もとない感じに聴こえたりしたんだけど、、、気のせい?俺が酔っぱらってただけか?

変わりゆく、また変わりゆかない宮古島。

また見事なまでに遅くなってますけど。
ゴールデンウィークに三たび宮古島を訪れました。
今回は、「驚いた/ちょっと考えてしまった」点にフォーカスして書きたいとおもいまふ。

フラット化。

今回の旅でなにより驚いたのが、これ↓


なんと、宮古島ヴィレッジヴァンガードが!!!

ヴィレヴァン進出、というかまあイオンの頑張りが成した業なんでしょうけども、これにはほんとにびっくりしました。
もちろん中に入っていろいろ見たんだけど、首都圏近郊のショッピングセンターに入ってるお店と品揃えなどほぼ同じ。
宮古島の人たちも正月にここの福袋で一喜一憂できるかと思うと半笑いになってしまう。



「おじいとおばあに刺激を与えにやってきた」
宮古の若者の人生を狂わせたい」

別に2,3回行った事のある旅行者ふぜいがどうこう言う事じゃないですけど、まあ、正直ものすごい違和感。
もうちょっと地元色だしてもいいんじゃないのかあ・・・とどうしても思ってしまう。
でも現地の人からしたらこれは嬉しいでしょう。東京から移住した同世代の人とちょっと話したところ、やっぱり暇があれば行ってしまうようです、みなさん。


そしてもういっこ驚いたのが、これ↓


これじゃよくわからんとは思いますけど。なんとこれ、ブックカフェです。
宮古島にブックカフェ!まず2〜3年前までは想像だにしなかった事態。
まさか宮古まで来てやまだないとの「西荻夫婦」をなんとはなしに手に取って読む状況が訪れるとは思わなんだ。


そして、これも有名だけど宮古島ロックフェス
これももはや定着してきているのか、いたるお店にチラシなぞ置いてありました。


ほんとにここ2,3年で、新しい業態というか島の人の生活スタイルに影響を及ぼしそうなものが次々と訪れているようです。フラット化。
繰り返すけどこれは我々ふぜいがなんやかんや言うところではないと思います。
ただやっぱり、島に対しての影響力ってすごいもんだと思うので、数年のスパンでどんな変化が出てくるのかはちょっとよく見ていたいなあという感じです。
「変わらないでほしい」なんて部外者の身勝手な願望だとはわかっているんだけど。


伊良部大橋。

平成24年の完成を目指して、現在伊良部大橋の建設が進んでいます。
宮古島と周辺の島とを結ぶ橋、現時点では池間島来間島の2カ所に存在してるんですが、伊良部/下地島とを結ぶ第3の橋として着々と工事が行われています。
前回訪れた2年前より、着実に橋はのびてきていました。

宮古島と海峡により隔絶されている伊良部島は、離島であるが故に医療、教育、福祉等の面において多大な不利・不便を余儀なくされており、過疎化の進行や産業の衰退等、離島特有の諸問題を抱えている状況にある。
 このような離島苦の解消を図るため、昭和49年に当時の伊良部村が架橋要請活動を始めて以来、継続的な要請活動が展開されてきた。そのため、県は平成4年度から基礎調査等を着手し、平成12年度には一般県道平良下地島空港線として県道認定を行うとともに、平成13年度からは着工準備調査を実施してきた。
 伊良部大橋の建設は、現在の不安定な海上交通から、安定性・随意性が確保された陸上交通に変わることにより、伊良部島の医療・教育環境の改善、生活環境や福祉の向上及び地域の活性化が図れる。また、平成17年10月に誕生した宮古島市の一体化と効率的な行政を支援するとともに、架橋による物流コストの低減や市場拡大による経済の活性化、下地島空港の利用促進など、宮古圏域の地域振興に大きく寄与するものと期待されている。

すごい、今はじめて知ったけど地元の人からしたら30年越しの悲願、なんですね。
橋ひとつで人や経済の往来がぜんぜん変わってくる(現状フェリーに乗らないと旅行者は移動できないからね)のでとっても大事な話だと思うんだけど、こと伊良部/下地には↓のようなとっても大事な場所があるのです。

ちょっとタイミング逸したけど基地問題

その橋が宮古本島と結ぶ事になる伊良部/下地島。ご存知の方はご存知だと思いますが、この下地島には(現在は)パイロット養成を主目的にした空港:下地島空港が存在するのです。
で、このタイミングで何を書くことがあんねん、と言えば、(若干時期を逸した感がありますが)静かに基地問題の舞台になっていたのです。

今となっては辺野古の海を埋め立てて移設が強行されようとしているという、ある意味サイテーな結果になりつつあるんだけど、そもそも小沢さんの口から「辺野古の海を埋め立てるより下地島空港にすべき」なんて言葉がでてたんですよね。

おそらく、ロジックとしてはふさわしい場所として選ばれるべきだったんでしょう*1。ここは。
3,000mもの滑走路があり、戦略的に(それこそ沖縄本土より)重要な先島に存在し、かつ民間に解放されていない空港なんて、どう考えたってここ(あと沖縄本土近くの伊予島)ぐらいしか存在しないっていう話です。


元々ここはダイビングをやる人間の中ではすごく有名で、宮古島の主要なダイビングスポットはだいたいこの空港の近くに集まってるんです。
なので潜って船にあがってくると、空港でタッチ&ゴーの練習をしている機体がひっきりなしにグルグルまわってて、それはそれは壮観な景色なんです。


そんな下地島空港、過去の歴史をみると街の経済活性化の為に自衛隊誘致の運動をしたり(結局住民の反対で拒否されてましたが)、常に軍事問題の矛先になったりしていたり。
なので今回の普天間の話で移設対象になるのはけっこう宿命的な話だったようなんす。
で、これもまた当然な話で、現地での反対運動もすごかったよう。
今年頭には、政府の視察隊が来た際に、宮古島の大多数のダイビングサービスが(お客のいるいないに関わらず)空港近くに船を出して「このあたりは皆が愛している場所だ」というアピールをしたんだそうな。


考えてみれば、いくら比較的沖縄で大きな島/街のある宮古であっても、向こうの人からしたらいきなり米軍基地が入ってきてそれを受け入れられるかといったらそんなことは不可能なわけで。
徳之島ばかりがクローズアップされてきましたけど、ここ宮古でも静かに戦いが繰り広げられていたようなんです。
結局辺野古で落ち着いちゃったので下地の危機は回避されたと思うんだけど、県内に落ち着いちゃってるという事に宮古の人もひどく落胆してるんだろうなあとは思います。


ニュースやWebだけじゃわからないような事に触れられたという意味で、それがやっぱり今回は大きかったかなあ。


となんかまじめな事いっぱい書いてますけど、やっぱり今回も最高の島だなあと改めて思いました。
ただ現地に行って2日目には梅雨入りするっていう痛いタイミングではありました。。。

*1:ホリエモンも当時こんなかんじで推してました

雑感:オザケン

少し間が空いちゃいましたが。

小沢健二@神奈川県民ホール(5/20)
★★★★

まさか見ることになるとは思ってませんでしたが、幸運にも見ることができました、王子様の御帰還を。


まず誤解のないように書いておきますと、僕はヘビーなオザケンフォロワーかというとそういうわけでもなく。
一通り触れてはいましたしもちろんLifeあたりは当時買って聴き続けていましたけど。
たぶん同世代の♂でフリパを通ってない連中は大半そうなんじゃないすかね。
(復活劇前にたまーに聴いたりしていたのは「球体」と「環境学」だけというのは、やっぱり当時浸透しきっていなかった事のあらわれなのかもしれません)


まあそんなわけで、行く前はちょっとなんだか周りに申し訳ないような。それにどちらかというと不安感の方が大きかったわけです。

不安っていうのは、ブランクを経ての復活というのがけっこうスレスレだというのを何回かみてしまっているので。去年のユニコーンなんかは全員現役だったししっかり新作出した上だったので全然イタイ要素なんかなかったんだけど、(前も書いた気がするけど)ピクシーズなんかギターのヨレヨレ感が心底ドン引きさせる内容だったし、周りが当人たち以上に”復活”とか”伝説”とかに過剰反応してるケースってだいたい観なきゃよかったなんて印象をもってしまうんですよね。いつぞやにみた「ビーチボーイズ」という名のコピーバンドみたいに、メンバー達の想いなどハナから無視した懐メロ大会なんかみたくもないわけで。

んで結果から言うと完全にそういうのは杞憂でした。そう思わせた要素は以下3つ。

歌とギター。

もともとそんなに上手な印象はなかったけど、思ってたよりもはるかにマトモ。というかギターがあんなに弾ける人だとは正直思ってませんでした。歌もそもそもの路線がテクニックベースでない事はわかりきってたけど、そんな次元ではなく、「叫び」に近い歌いっぷりでした(実際に叫んでるって意味じゃないよ)。感情むき出し。体全体で力尽きるまで絶唱してやろうという気持ちが伝わってきて、少なくとも昔テレビでみた「王子様」感は皆無でした。

ヒット曲、強し。そしてそのヒット曲たちとの向き合い方。

本人もライヴ中に言ってましたが、大衆音楽の一部になっているんだなオザケンは、というのを痛感。これは本当に強いですね。
根っからのファン達の大合唱もさることながら、自分でさえもほとんどの過去曲は耳に馴染んでいる有様。
これって裏を返せば懐メロ大会に陥る危険性が非常に高い(し確かに最初しばらくは観ながらそんな事もちょっと考えたりした)んだけど、むしろそのヒット曲たちの存在にオザケン自身が感謝しながら大事に演奏していこうという気概がありました。要は潔かったっていう事ですかね。「懐かしいだろ?いい曲だろ?」っていう思いで一方的に連発されたら途中でウンザリしたんだろうけど、当人とバンドとお客さん全体で潔く楽しめたっていうのがよかったんだと思います。
そして、その上で披露された新曲数曲も。少なくとも個人的にそのうち一曲は、今後何らかのかたちで流通されたら末永く好きでいられるであろう名曲と感じた事は、忘れずに記しておきたいと思います*1

展開。メッセージばかりでないちゃんとしたショー。

周知の事かも知れませんが、NYに居を移していたオザケンは思想(主には資本主義批判、なのかな)に軸足を置いた活動をしていました。上に書いたような懐メロ大会よりも、むしろその「メッセージ」ばかりを打ち出した内容になりゃしないかとちょっと心配してたというのも正直なところだったんです。そりゃライヴなんだから、当人が最も強く感じているものを打ち出していくべきだと思うんだけども、それだけではこういう催しって成立しないわけです(別に曲間に太極拳コーナーを設けたルー・リードにどうたら言いたい訳ではないですよ)。んで当日は結局どういう内容になっていたかと言えば、曲間のポエトリー・リーディング(内容はいたってソフト。でも伝えたい事はしっかり現れている)、そしてその詩の内容を静かに包含したライヴ自体の展開でした。つまり、上記で危惧した2つの中間をうまいこと行っていた内容だったわけです。昔のオザケンと今のオザケン。うまいこと両面を打ち出していたんだな、と。

たぶん今回のツアー、ほんとにしっかりと準備を設けて臨んでいったんだと思います、当人も周辺の人たちも。絶対失敗させちゃいけないていう思いのもと(当たり前だけど)、どちらかに偏らせない展開をよーく練った上でショーを成り立たせたんじゃないかと思います。



・・・という感じで、非常に満足できる内容でした。部分的に王子様、部分的に40を過ぎた今の小沢健二。ちゃんと感じ取る事ができた気がしましたよ。

ただ、そんな風にしっかり成り立ってたからこそ、なんで13年も我々の前から姿を消していたのか、そこんとこの理由はやっぱりよくわかりませんでした。著作を読んでないので13年間の彼の想いは熱心なファンの人たちの方がうんとご存知だと思うので、なんとも言えませんけども、こんだけちゃんとできるなら、またこのタイミングで再度できるならもうちょっと観る機会がこれまでにあってもよかったんじゃないかなあ、、、と感じてしまったのが正直なところです。余計なお世話だと思いますけど、やっぱりこの空白の長さはいろんな穿った見方を伴うし、素直に触れる機会が(適度に)多いほうがこちらとしては嬉しい。なので満足しつつも「結局こういう展開ではじめてオザケンのライヴが観れたのは幸せだったのか?」という事も終演後に少し考えてしまいました。

あと、木暮晋也の動きが観る度に怪しくなってきててそこに視線を集中させてしまっていた、という点もなんだか重要。

*1:「時間軸を曲げて」というタイトルでした

その3:そして、遂に御姿を拝めた系。

Daniel Johnston@ラフォーレミュージアム原宿 2/9


7年前の来日を、当時重要性をそれほど理解しておらず仕事にかまけてスルーしてしまい、その自分の愚かさをずっと悔やみ続けておりましたところ突然去年末に発表された再来日の報せ。
ホントにビックリしました。

とにかく非常に不安定な人なので、チケット買って会場に行って開演時間になっても全然実感がなくて、実際に目の前に出てきて演奏を始めてもギターも歌ももう冗談みたいに不安定なんだけど、あのしぼりでてくるような、したたりでてくるような歌にどうしようもなく引きこまれてしまいました。
1時間半が5分くらいに感じてしまった気分。

悪魔とダニエル・ジョンストン [DVD]

悪魔とダニエル・ジョンストン [DVD]

↑とりあえず、興味が少しでも湧く人はこれを見るといいと思います。僕は映画館で泣きました。家でもDVDで泣きました。

Bob Dylan@Zepp Tokyo 3/24, 3/28


そして御大中の御大。
よもやゼップなんかでみられる日が来るとは思ってもいませんでした。
けっこう「お前ディランなんか思い入れあんだっけ?」ってよく言われるんだけど、オカンが昔から実家でずっとかけていたこともあり、また子供の頃から気にいっていたレコードのジャケ*1をいまだに部屋の壁に飾っていたりして、ずっとディランの声と姿はすりこまれていたのです。たぶんビートルズよりもユニコーンよりもすりこみ年月は長いす。

んで、今回はじめて御姿をみられたわけなんですが。
すげえ元気でやんのディラン!68ですよディラン。
イギーポップは完全に老いに逆らっている感じがしてあれはあれですごいなと思いましたけど、ディランは逆にとてもうまく老いにのっかっている気がしました(イギーを例に出すのはよくないですね)。


演奏は、ディラン自身は事前に聞かされていた通り基本的にはキーボード時々ギター。といっても演奏の要となるキーボードもギターも他にちゃんといて(ギターはチャーリー・セクストン!チャリ坊!)、ディラン自身の奏でる音はいわばお約束的。
そんなわけで演奏にはバックの力強さのおかげで演奏にはしっかり満足できて、その上あんなに楽しそうに、時には無邪気にキーボードを奏でるディランや、笑顔や最後にはちょろっとガッツポーズまでみせたディランに、とてもとても満足できたのでした。

考えたらマトモにディランの屈託のない笑顔をみられたのは、写真を含めてもほとんど記憶になかった気がする。

血の轍       (紙ジャケット仕様)

血の轍 (紙ジャケット仕様)

↑「血の轍」からけっこうたくさんやってくれた(行った両日では、ですが)。このアルバムって曲名の邦題が今みてもすばらしいんですよね。『彼女にあったら、よろしくと』とか。ロドガブの日本盤担当は菅野ヘッケルさんの仕事を見直したほうがいいと余計なお世話ながら本気で思う。

*1:フリーホイーリンのジャケだけど、当時のコロンビアの編集盤のレコードでした

その2:目から鱗が落ちた系。

Joanna Newsom@代官山Unit 2/7

男臭さから一転、ハープを抱えた妖精ジョアンナさん。けっこう頻繁に来日してるようですが観るのは初めてでした。
ハープの弾き語りっていうスタイル自体が相当稀有ながら、声もうたい回しも、何よりもその曲もすべてが稀有な存在なジョアンナ嬢。
声自体はすごくかわいいんだけど、歌ってる姿から狂気を感じさせるんです。
よくビョークと対比されたりしてるんだけど、その理由もちょっとわかったような気がします。言葉では例によって表現するのが難しいですが。
unitみたいな小さな場所で体感できた事も今思えばとても稀有な出来事だったかもしれません。

たた、
開始予定時間になってから30分くらいでてこなかったりして、だいぶテンションはマイナスな状態でスタートしましたけども(事情があってのことかどうか最後までよくわかりませんでしたけど)。

余談ですが、このハープはさすがに海外から持って移動はできないようで、近くの楽器屋から借りてきた模様。
ということは公演先でいつも借り先の都合をつけて、しかも事前に自分との相性を確かめたりしなければいけないんでしょうね。
んー。タイヘンだ。。

HAVE ONE ON ME

HAVE ONE ON ME

Antony and the Ohnos -魂の糧-@赤坂草月ホール 2/11


これも普段みにいく路線からしたら相当に異質。
アントニーさんという、ルーリードのライブでの客演(以前このブログでも映画ベルリンについてふれましたが、そこにもまさにアントニーがでてきます)、ビョークや最近ではオノヨーコとの共演などで知られるヴォーカリストなんですけど、少なくとも僕の知るかぎりで類似性のある歌声はありません。性別とか、キャラクターとか、年齢とかカテゴリーとかそういったものを完全に超越した歌声でした。

そして今回何よりも特別だったのは、彼の新作でオマージュを捧げている舞踏家・大野一雄へのトリビュートの意味合いを含んでいた事。ということで舞踏と音楽のコラボレーションのショウでした。
大野一雄自身は既に百歳を越えていて昏睡状態にある為、実際に舞台で舞ったのは息子の大野慶人だったんだけど、その方も既に御年70を数え、舞踏だけでなく演出家としても名を馳せる方です。

我々世代では名前を聞いてもピンとこないかもしれませんが、大野一雄という存在は、現代舞踏/モダンダンスの領域では世界的にみても特別な存在で、それこそ何十年も影響を与え続けている存在のようですね*1
たまに写真など見かけることはあったりしましたけど、今回のアントニーがキッカケになるまではそれほど意識する事はなかったです。


↑これがその大野一雄の舞。
こういった舞にあわせてアントニーの生の歌声が響く空間の独特さといったら、他で体験できるようなシロモノではなかったです、ホントに。

ここに写真も含めてリポートがのってるので雰囲気はそちらで一目瞭然かもしれません。

Crying Light

Crying Light

*1:ちなみにオカンにこないだ会った時に「大野一雄がらみの舞踏を観た」と話したら「何あんたおかしくなったの?」っていう返しがきました。やはり親の世代には(正しくかどうかは別にして)通じるみたいです